実際、そうした現象はすでに起きている。アメリカでは不熟練階層の人々の賃金が相対的に低下しており、賃金破壊が起きているといわざるを得ない。欧州諸国は賃金の下方硬直性が強く、また社会保障制度が強固に出来ているので、雇用破壊が起きており、これらの国々は一〇〜二一%という異常に高い失業に悩まされているのである。日本はこれまでは完全雇用を維持することができたが、もし適切な経済改革を実行することなく現状のままで推移するとすれば、苦境に陥っている欧州諸国と同様にやがて最も競争力のある部門の産業資源が海外に流出して、国内の産業が空洞化し、失業が増大する危険が大きい。
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そうなれば国の財政赤字が増大してインフレ圧力が高まるだろう。国内産業の空洞化は国の経済の将来を支える技術基盤が弱体化する事を意味するから、世界の投資家は日本経済の将来に見切りをつけ、日本の資産に投資をしなくなる。そうなるとやがて円の為替レートは下落するだろう。このような円レートの下落は歓迎されるべき現象ではない。なぜならそれは衰弱した人の体温が下がるように、日本経済の衰退を反映するものだからである。以上はいささか単純化したシナリオであり、こうした衰退が今日や明日に起きるというものではない。しかし、環境の激変に対応した日本経済の適切な構造改革が行われなければ、このシナリオがそう遠くない将来に現実となる可能性は少くない。欧州諸国の近年の経験を顧みればこのシナリオがそれほど現実離れしたものでないことが判るだろう。欧州主要国は一九七〇年代初頭までは失業率が一〜二%ていどの完全雇用状態を享受していた。ところが、一九七〇年代中盤の石油危機以降に適切な構造改革を実現できなかったため、わずか一〇年後の一九八〇年代初頭には軒並み一〇%前後の高失業に悩まされる事になったのである。この経験を単なる対岸の火事と考える事はできない。むしろ他山の石として日本はその教訓を学びとるべきだろう。